鉄分の重要性~「貧血」だけではない必須ミネラルです

栄養

鉄分は貧血予防になるミネラル分だという事はよく知られていると思いますが、実は鉄が重要なのは赤血球(貧血)だけではありません

当たり前ですが、鉄分は身体の中で“金属の鉄”として存在しているわけではなく、“鉄イオンとたんぱく質が結合した状態”で存在しています
たんぱく質とは、ヘモグロビン、トランスフェリン、ヘモジデリン、ミオグロビン、チトクロム、そしてフェリチンなどの種類があります。

これだけたくさんの種類のたんぱく質と結合し様々な働きをしているということから、鉄分の大切さがわかります。

栄養素としても身近で、重要な鉄分ですが、ネットでは誤解されていたり怖がられていたりしがちです。この誤解を解き、心配なく鉄分を摂取してもらえるよう、鉄分の重要性と体内での鉄代謝について解説します。

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鉄分の役割

鉄分は赤血球(ヘモグロビン)内に存在し、酸素さんそ(O2)の運搬をしていることはよく知られますが、上記にもある通り、他のたんぱく質とも結合し様々な働きをしています。

代表的なものを見ていきます。

鉄がたんぱく質と結合しているわけ;有害物質だから

鉄分は小腸で吸収される時、血中を細胞内に運ばれる時、細胞内での貯蔵(フェリチン)も、必ずたんぱく質と結合しています。理由は、鉄イオンは有害物質だからです。

身体に必要なものなのに毒性があるとはどういうことかというと、鉄イオンが酸素の運搬に適していることと関連があります。

ちょっと化学ですが…

鉄イオンには2価(Fe2+)と3価(Fe3+)の形があり、それぞれわりと簡単に変化します。
この+電荷が変化するということは“酸化還元反応”がおきるという意味です。

この性質を利用して酸素を運んだり電子を受け渡したりを行うわけですが、簡単に言うと鉄イオンの性質は、周囲の物質を酸化させやすい性質です。
言い方を変えると、活性酸素を発生しやすいということです、これが鉄イオンの毒性です。

なので、生体は鉄イオンを必ずたんぱく質と結合した状態で使うように進化しました。そうすれば、活性酸素の害をうけません。
鉄分はたんぱく質がないとうまく利用されないのです。

赤血球(ヘモグロビン):血液中での酸素の運搬

人の身体(細胞)は酸素(O2)を取りこみ、エネルギー源として利用しています。肺で大気中から取りこんだ酸素を各細胞に届けるのが赤血球の役目です。

血液の赤い色はヘモグロビンの色で、皮膚の血色は皮膚の毛細血管の中のヘモグロビンの色が透けたものです。
全身の毛細血管まで満たすヘモグロビンにとして存在する鉄分は、体内の鉄分のおよそ2/3で、一番のボリュームゾーンです。

血液中の赤血球の数やヘモグロビンの量が減った病態を「貧血」と言います。
中でも、鉄不足によるものを「鉄欠乏性貧血」と言い、貧血の中では最もよくみる病態です。

チトクロムなど(酵素):エネルギー代謝

酵素こうそとは、主に細胞の中で働くたんぱく質で、「代謝反応」を行います。
体内の代謝の中で鉄が補因子(代謝酵素の補助)を行う代謝で最も重要なのは、エネルギー代謝でしょう。細胞はエネルギーなしでは働くことができないからです。

(詳細は省きますが)エネルギー代謝とは、糖質や脂質から細胞が使うエネルギー:ATPを産生する反応で、チトクロムが関与するのは最終段階の電子伝達系です。電子伝達系は細胞内のミトコンドリアで行われますが、鉄と酸素で電子の受け渡しをしながら、大量のATPを生み出します。酸素を使う、いわゆる好気性代謝とよばれます。

ミトコンドリアによるエネルギー代謝に酸素が必要だということが、「人は酸素がないと生きられない」ということの本質です。
そして、そのミトコンドリアでの反応には鉄分が必須なのです。

フェリチン:貯蔵鉄

医学生時分、ヘモグロビンとして使われている鉄分の余分、細胞内で貯蔵されている鉄分がフェリチンである、と覚えました。
それは間違いではないのですが、十分ではありませんでした。

フェリチンはヘモグロビン予備群ではなく、体内で使われる鉄分すべての予備軍と考えた方がよいと思います。

細胞内で鉄を貯蔵し、必要な分を他のたんぱく質(ヘモグロビンなど)に渡す役割です。

トランスフェリンなど;鉄の運搬

毒性のある鉄イオンをそのままの状態にしないために、小腸から吸収するときも、血中を移動するときも、細胞内に取り込まれる時も、すべて専用の運搬たんぱく質が使われています。

なので、鉄は口からとって消化吸収される分には、たんぱく質による調節を受けるので、過量になったり毒性を発揮したりという心配はありません

地球上で最も多い鉱物は鉄(地球の重量の30%くらいと聞きます)です。鉄をうまく使いこなすために生物が数百万年かけて進化した結果が、たんぱく質を使った調節なのです。

鉄分が足りないと…

鉄分は健康成人男性で、1日で約1㎎失われるとされます。月経のある女性は出血で失われる分を計算し、1日約2㎎失われると言います。
なので、その分を食事から補う必要があります(腸での鉄の吸収率は高くないので、その分を加味します)。

授乳中や成長期などには、さらに鉄の需要が増すので、もっと多く摂る必要があります。
また、慢性的な出血(痔など)や、ランニングなど振動による溶血(赤血球がこわれる)などでも、鉄の需要は増します

日々必要な鉄分が摂取されていない時、鉄不足になります。
(具体的な鉄分の摂り方は、次々稿で)

鉄不足の症状

上に書いた鉄分の役割が果たせないことによる、様々な症状が現れます。

細胞のエネルギー不足によるもの
  • 疲れやすい・息切れしやすい
  • 冷えやすい
  • 血行不良(痛み、凝り等)
  • 足がむずむずする
  • 慢性疾患(家系的なウイークポイントに現れやすい)
  • 脳の働きがにぶる(考えられない、イライラする、我慢ができない、引っ込み思案…等)
  • 子どもでは発達障害や知的障害
鉄分を摂取するための適応として
  • 食嗜好の変化・異食症(氷や土をガリガリする)
  • 肉や赤身魚など鉄分の多い食事を好む

*他にもたくさんありえます。

女性に特有とされる症状の多くは…

「鉄不足の症状」の多くは、女性によくある症状なのにお気づきでしょうか?

私もそうでしたが、冷え性を体質だと思っている女性は多くいます。母もそうだったから自分も同じ、と。

しかし、イライラや疲れやすさもですが、閉経後元気になっていく女性は多くいます。世間を見ても、50~70代くらいの女性はとてもパワフルです。
私の母も、子育て中はちょっとありえないレベルのヒステリーBBAでしたが、80代の今はまあまあ温厚です。

これは、おそらく、月経世代の女性の細胞のエネルギー産生が追いついていないことで、ほぼ説明がつきます。
また、出産により大量の血液が失われるため、産後はさまざまな愁訴が現れやすくなります。

ちなみに、この事をはじめに発信したのは、今やうつ・パニックの栄養療法のカリスマとなっている藤川徳美氏です。(参考;藤川徳美著『うつ・パニックは「鉄」不足が原因だった』)
うつ病、パニック障害、過食嘔吐…女性に多いこれらの疾患は脳のエネルギー不足で大方理解が可能です。

成人期の女性に多いのは、月経のある女性のほとんどは栄養が足りていないからでしょう。(参考;栄養とれてますか?

最も酸素に依存した臓器~脳;精神活動と発達

すべての細胞の中で、最も多く酸素を使っているのはどこでしょうか?

呼吸が止まり酸素の供給が途絶える事に一番弱い臓器…「脳」です。
脳はもともとの能力が大きいため、気づかれにくいのですが、鉄不足による酸素運搬不足(貧血)からくるエネルギー産生不足の影響をうけやすいと考えられます。

脳の働きが弱った時、どこが優先される部位か切り捨てられる部位かはある程度決まっています。

生きるために直接重要な部位から;脳幹部>大脳辺縁系>大脳皮質、という順番です。
(ざっくりとみると、脳幹部・辺縁系は、生理機能の調節や本能行動を、大脳皮質は思考を行います)

つまり、脳の働きが少し弱ると思考が先に切り捨てられ、“本能は維持され思考は行えない状態”となってしまいます。

本能には、食欲などの欲求のほか、危険を察知し対処する機能もあります。
生きるために必要な衝動を起こすのが本能で、思考はそれらを現実に即した行動へ調節しています。

思考が行えない状態で、本能だけ機能すると、過食、嗜癖行動、多動衝動性などの我慢力に関連する状態や、危険に過剰に反応する、神経質、パニック、うつ、不安などの状態になりやすいと考えられるのです。

また、子どもの脳は、人生で一番活発に神経活動を行う時期を過ごしています。
この時期に、エネルギー不足になるとどうなるでしょう?

この答えは、100年くらい前の医学書にすでに述べられています。鉄欠乏は子どもの脳の発達を遅らせる、と。

ただ、現代では重度の栄養失調(貧血)は珍しくなったため、医学書で貧血や鉄欠乏が強調されることはなくなり、いつしか医師はこの事実を認識しなくなってしまいました。

補足

このことは、各国の公衆衛生政策とも関係があります。外国の殆どは、鉄分不足を重要な政策課題として、主要な食品に鉄分を添加し、子供の栄養補給でも鉄分を強調しています。
が、日本では、“日本食には鉄分が多い神話”があったため、鉄分の補給がおろそかで、医師でも鉄剤は怖いという人がいる始末となっています。

男性の方が鉄不足には弱い

成人女性の方が貧血は多そうなのに、発達障害など小児期には男の子の方が症状が出やすいのは、「男性の方が鉄不足に弱い体質だからだ」と藤川氏は考察します。

私もこの考察は妥当だと思います。
臨床的にも、女性は慢性貧血がかなり進んでいても日常生活が送れている人が殆どですが、男性は少し貧血気味な程度で倦怠感を訴え生活がままならなくなる印象があります。

成人期男性は、よほどの偏食か出血がない限り鉄不足になりませんが、小児は違います。
現在の日本で、小児の貧血は珍しい状態ではありません。

理由は、胎児期、授乳期にもらえる鉄分は殆ど母親の体内に貯蔵されていた分で、それがそもそも足りていない可能性と、離乳食~幼児食もお米と野菜が重視されすぎているためと思います。
以前書きましたが、現在の日本で“普通の”食事をしていたら女性は鉄分が足りないのです(参考;野菜の栄養~ひじきショック事案)。

私が、小児の発達に栄養のことをしつこく言うこと(参考;発達のメカニズム~自閉傾向のなりたち発達のメカニズム~多動傾向のなりたち)、授乳にミルクを薦めること(参考;気張らない「混合栄養」のすすめ)、そもそも若い女性に栄養を取ってほしい(参考;たんぱく質推しなわけ)というのはそのためです。

次稿~鉄分に関する検査データの読み方に続きます。

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