自閉症のエピジェネティクス:環境要因について考える

子育て

前々稿前稿と『遺伝子と環境の気になる関係』を見てきました。
私たちは、遺伝子にすべて規定されているわけではなく、環境の影響も強く受けて、柔軟に変化しながら生きていると、なんとなくでも理解できたでしょうか?

その中で、双子研究に触れましたが、今回は自閉症(ASD:自閉スペクトラム症、自閉性障害などを含む)の双子研究について、もう少し詳しく見てみます。

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自閉症の双子有病率

上で紹介した本の中には、双子研究での自閉症一致率は一卵性双生児、二卵性双生児、同胞について、以下のように記載されています。(研究によって多少のばらつきはあり)

  • 一卵性双生児一致率     : 約60%
  • 二卵性双生児一致率     : 約40%
  • 同胞一致率         : 約10~20%

  • カナー型一卵性双生児一致率:約90%

カナー型自閉症とは、20世紀前半、精神科医カナーが報告した世界初の自閉症病態で、明確に自閉症の3つ組兆候や知的障害を有する病態です。現在の分類基準では、自閉症圏の病態のタイプ分類をしていませんが、自閉症としての最重度の病態を表すものとして、よく使われていた概念です。

この「カナー型自閉症」の一卵性双生児一致率については、以前小児科学会の講演できいたもので、´90年代の研究で、約90%ということでした。
ちなみに、私が双子研究について興味をもったのは、この講演がきっかけです。

この数字の読み方について考えてみます。

  • 双生児(同胞)一致率とは、親から遺伝する確率ではなく、双子やきょうだいが生涯で同じ疾患になる頻度をみたものです。
  • 上3つの「自閉症」とは、カナー型からもっと軽度のもの(以前の分類でPDD-NOSやアスペルガー障害と呼ばれた病態)までを含む概念で、およそ現在のASD:自閉スペクトラム症と同じ、と考えることができます。
  • 一卵性双生児一致率が60%ということは、それなりに遺伝子の影響をうけていそうですが、高い遺伝率とはいえません
  • 片や、カナー型自閉症は一卵性双生児一致率が90%とかなり高率です。「自閉症は遺伝性の疾患」と言われるようになったのは、このあたりから来そうです。
    しかし、ここで注目したいのは、確かにかなり遺伝要素は大きいのですが、100%ではない、ということです。
    つまり、カナー型でさえも、環境の要因によって病態を改善する余地があるということです。
  • 二卵性双生児と同胞は、遺伝的には「同じ両親から生まれた別の遺伝子を持つ子」として同じです。違うのは、胎児期の環境(妊娠期の環境)を共有しているかしていないか、です。
    それを踏まえて、一致率をみてみると、二卵性双生児の一致率の方が高そうなのです。これは、一概に比較できる数字ではないのですが、微妙な差というものではないことは、注目に値します。
    胎児環境を共有している方が自閉症の発症が一致しやすい、遺伝要因に加えて胎内要因が大きい可能性があるのです。
    ただし、双子(以上)の場合は、母胎内での血流の不均衡など、単胎にくらべ胎児発育に影響する要素もあり、低体重で生まれる率も高くなります。そのあたりは、割り引いて考えないといけないかとは、思います。

自閉症は遺伝の影響をうけるとはいえ、環境要因の影響もそれなりに大きい、そしてそれは、カナー型自閉症でさえも例外ではないことが、わかりました。
また、妊娠期の胎内環境の影響が想像以上に大きそうなことも、わかりました。

双子有病率からみる、自閉症の環境要因とは

子ども(の発達)に対する、「環境」とはなにか具体的に考えてみます。

勘違いしがちかもしれませんが、この場合の環境とは「自然環境」のことではありません。公害とか植物とかのことを言っているのではないです。

精神医学的なアセスメントとして考える「環境」は、その人をとりまく状況のことを言います。
自然環境もその状況の一部ですが、それ以上に、家族、職場、友人などの対人環境や、金銭的、心理的余裕などのストレス関連因子、居住地域の政治経済事情など、すべての状況が「環境」となります

子どもにとっての環境要因の最大は「親」

当たり前だと思いますが、子どもについていうと、幼少期ほど親の影響を強く受けます。親子の関り(親の精神状態)や、育児スタイルの影響が大きくなるし、「何を食べているか」もかなり大きな環境要素となります。
子どもは、何を食べるか自分で選ぶことはできません。また、胎児にとって胎盤を通じて得られる栄養素とは、母親の食べたものに100%依存します。

もちろん、何を食べるかと、親自身の環境(精神心理状態や経済事情、社会情勢など)とは無縁ではありません。親だけの努力でどうにかなるものではないことは、よくわかります。
でも、あえて言います、小さければ小さいほど、子どもにとって親の要因は大きい、食べ物に至ってはほぼ100%です

自閉症は親のせい?は否定されていますが…

前世紀のアメリカなど、「自閉症は親が原因」と言われた時代もありましたが、現在それは否定されています。上に書いたとおり、遺伝の影響がそれなりに大きいことと、親もまた環境要因から無縁ではいられないから、です。

でも、だから親に何もできないわけではありません。

むしろ、子どもにとっての環境を変えていけるのは親だけです。そのことの自覚を持ってほしいです。
だたし、すべてに完璧を求めることはお薦めしません。できるところから、少しづつ取り組んでみましょう。

始めの一歩は、たんぱく質をしっかり満たすことです。コミュニケーションスタイルや生活環境を変えるより、食べ物を変える方が少し楽です。
下のリンク記事に書きましたが、たんぱく質の消化はそれまでの食事に「適応」しているため、いきなり増やしてもうまくいきません。
気が付いたときから、少しづつ盛るようにしてみましょう。

妊娠期の母胎環境とは?

上でさらっと書いてきましたが、自閉症は胎児期の環境の影響をうける、とはかなり恐ろしい知見です。
二卵性双生児ときょうだいでの比較研究がされていない以上、医学的に「そうだ」と断言はできないのですが、可能性がある以上、できる限りは対応するにこしたことはないと思います。

母胎環境の要因として考えられることは、お母さん自身の栄養状態です。その他には、家庭事情や社会情勢によるストレス因や、身体・精神疾患など個別の事情があります。

個別の事情については考察しづらいので、ここでは一般的な妊娠女性の栄養状態について考えてみます。

やせと栄養失調の流行

まず、日本人の若い女性は“病的やせ”の比率が高いことが知られます。世界各国、肥満が保健課題であるのに対して、日本の若い女性は先進国では珍しく“やせ”が多いのです(肥満も増えて、両極化しているとも言われます)。
´00年代頃から、10代(小中学生)にやせと肥満が増えてきたことは、小児科医の間では懸念されていました。今は、その頃の10代が20~30代の妊娠年代になっています。

胎児の細胞分裂が一番活発に行われるのは、妊娠超初期(2~4週)です。脳神経の発生は4週くらいまでには終了するとされます。
妊娠週数は最終月経から数えるので、排卵日がおよそ2週0日です。妊娠検査薬で陽性となるのは、4,5週ごろです。

つまり、妊娠が判明した時にはすでに大切な時期はすぎつつあるということです。そして、妊娠初期にはつわりで食事がとれなくなる人もいます。また、前述の通り、たんぱく質はいきなり増やそうとしても難しいです。

赤ちゃんの発達・発育に重要な栄養は、妊娠中の食事だけではなく、妊娠前の蓄積にも依存していると言えるのです。
妊娠前から、栄養を蓄積しておくことと、きちんとたんぱく質を消化吸収できる身体となっておいた方がいいということです。

タイムリーな記事をみつけました。

若い女性の「やせ対策」が急務なワケ
あなたは自分が生まれたときの体重(出生体重)を知っているだろうか。実は、出生体重と生活習慣病の発症には密接な関係があるという。小さく生まれた人はそうでない人に比べ、生活習慣病になるリスクが高いというのだ。日本は先進国の中では、小さく生まれる赤ちゃんの割合が突出して高い。その背景にあるのが、若い女性の「やせ」だ。20代女...

記事中では、妊娠に適したBMIは20~23とされていますが、長寿研究では一番長生きするBMIは23~25と言われます。日本人の感覚では、すこしぽっちゃがいいようです。

また、やせの原因としては「低栄養」と考察されています。「やせ願望」ではなくてです。
私もそれは同感です。
以前の記事に書きましたが、日本人のたんぱく質摂取量は年々減ってきています。痩せたいから食べないのではなく、食べない食習慣だから結果として痩せている人も多い、ということです。

日本人としての「普通の食事」を疑う必要があります。

ダイエットの常識では、「食べなければやせる」は間違いと知られていますが、それは脂肪を落としたいダイエットの常識であって、たんぱく質をとらなければ、身体が機能するために必要なたんぱく質は筋肉などから賄われるので、結果として筋肉が落ち体重は軽くなります(筋肉は脂肪より比重が重いので体重は落ちても、脂肪が落ちないと引き締まりません)。

その人の身体の筋肉量がどのくらいかは、およそ二の腕や太ももの太さでわかります。
(たんぱく質不足の栄養失調病態:マラスムスなどは、診断のために二の腕の太さと身長の関係を測ります)
太い人には、鍛えている人も脂肪が多い人もいるでしょうが、病的に細い人はほぼたんぱく質不足だと考えていいと思います。
ここ数年、街で見る若い人にこういう二の腕や太ももの男女がよく目につきます。食べまくっているはずの男子高校生でも、びっくりするくらい細い子を見かけるので、やせ願望というより、食習慣による栄養不足が若い人たちの間に広がっていそうです。

結果としてやせた体形に満足して、「自分にはこれが丁度いい」と言っている人もよく見ますが、おそらくそれは勘違いです。
摂食障害も、やせ願望があるからなるのではなく、やせた結果やせに対する強いこだわりが生じることは実証されています。栄養が足りない結果、脳がちゃんと寛容性や柔軟さを発揮できなくなる影響はこういうところでも見て取れるということです。

少なくとも、将来妊娠をする予定(可能性)の人は、赤ちゃんの健康のために、気が付いたときからたんぱく質を増やすことをおすすめします

鉄分不足の影響

胎児や小児期早期の脳の発達には鉄分の役割も大きいです。(鉄の役割については、別稿でとりあげます)
日本人女性に貧血(や鉄不足)が多いことは、少し前からネット記事でもたくさん取り上げられるようになりました。いい本もあります。

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私が、医学生だったころは、「女性は貧血でも大丈夫なように身体ができている」などと言って、男性ならば倒れるレベルでも、たいした治療をしない風潮がありました。
今は、上の本などで、患者さん側も知識をつけているので、少し変わってきてはいますが、それでも、十分な鉄レベルに達している女性は多くはありません

鉄は体内では、吸収されるときも、血管内を移動するときも、細胞内で使われるときも、たんぱく質と結合した状態で存在できるミネラルです。鉄はかなりの酸化活性をもっているので、単独で存在すると活性酸素を発生し毒になるので、身体はたんぱく質で覆って毒性なくうまく使えるようにしているのです。

なので、たんぱく質不足では、鉄分は吸収の段階からうまくいかず、内服しても吐き気や嘔吐を生じ取りこむことができません。
すると注射薬となるのですが、注射薬はたんぱく質と結合していない鉄分を直接血管内に入れるので、活性酸素の害が心配になります。人によって体調不良を感じるのはそのせいかもしれません。
(注射薬はあくまで緊急避難ととらえ、頼ることのないようにしたいです)

つまり、たんぱく質不足下では、貧血や鉄不足の治療はうまくいかないので、結局、ちゃんと治療されずに放置されている妊婦さんも多くいます。
私が、まず鉄ではなく、まずたんぱく質というのはそこです

たんぱく質を増やしたうえで、妊娠中や月経のある女性は特に市販の鉄剤でもいいので、鉄分の補充をおすすめします。
また、母乳には鉄分の分泌はほとんどなく、ミルクはその母乳の欠点を補うため鉄分が添加されています。そのあたりを踏まえて、乳児期の栄養、離乳食(補完食)は考えてほしいと思います
(乳児の栄養については、いずれ記事にします)

同じ母親の妊娠機会によって環境がかわるの?

同じ父母から生まれるのに、妊娠機会によって環境が違うというのは、直感的には受け入れにくいものです。母親の年齢以外に、違う要素はあまりないように感じやすいでしょう。

上で紹介した藤川徳美著『うつ・パニックは「鉄」不足が原因だった』では、第2子出産後に鉄分不足が顕在化するケースが多いようだ、と書かれています。

私もそれを踏まえて、外来で観察しているのですが、発達外来にくる子は第1子が多そうなのです。ひとりっ子もいるので数が多いのは当たり前なのですが、下のきょうだいが生まれても、下の子も通院するようになるケースは多くはない、ということです(きょうだい一緒に通うケースももちろんあります)。
そして、これはきちんと数えたわけではありませんが、第2子よりも、第3子第4子の方が受診することが多そうなのです。

このことについて考察すると、おそらく母胎の鉄分は藤川先生の観察のとおり、第1子は有利かも知れません。
しかし、たんぱく質については、第1子より第2子が有利な可能性があります。

病的やせに近い体形の方が妊娠出産したとしても、ひとり目育児ではがんばって食事を用意し、子どもと一緒に食べている方が多いようです。しっかり食べた方が体力もつき、育児が楽になります。妊娠での体重が戻らないという嘆きもよく聞きます。
その状態でふたり目を妊娠した時、たんぱく質不足は起きにくいのかも知れません。

しかし、3人目以降はそうはいきません。
ふたり以上の子どもを抱えたお母さんは、食べさせるのに必死で、自分の食事はおろそかになる方を多くみます。手っ取り早く、糖質満載のもので食欲をみたしていないでしょうか?
それでは、たんぱく質も鉄分も確実に不足してしまいます。

栄養だけみても、ひとり目とふたり目、3人目以降はこれだけ違います。
仕事や父親の育児参加など、それ以外の要因も違うだろうし、何より、妊娠・育児経験がひとり目のときは初めてで、当然ストレスが大きいという可能性も考えられます。

同じ母親から生まれても、遺伝要因は変わりなくても、環境要因はだいぶ違うということは間違いないと思います。

親が栄養以外にできること

親にできることはたくさんあります。
それはこのブログのテーマのひとつなのですが、まだ書き進んでいなくてすみません。過去稿で少し触れている通り、「栄養」「対人交流の量・質」「電子機器利用」「運動量・質」あたりが重要だと考えています。

本稿はエピジェネティクスについてなので、発症(診断)前に焦点を当てていますが、「栄養」「対人交流の量・質」「電子機器利用」「運動量・質」は診断後にも、同様に重要になります。

いずれにしても、栄養は基本のきです
外来の患者さんでも、栄養の話をしただけで、1か月後には“症状”とされていた問題が消えてしまう子もいるくらいです。
下記リンクなど参考に、今日から栄養盛ってみてください。

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