『免疫のしくみ』で書いたとおり、免疫がうまく働くためには、”常在微生物”の協力が不可欠です。
と、わかった風に書いていますが、常在微生物について研究が進んだのは、たったのここ10年くらいなので、新しい知見が日進月歩で増えています。
私もがんばって勉強しているところです。
新しい知見がでてくるということは、今まで正しいとされていたことが「違っていた」とわかることでもあります。
常在微生物と身体の関係は、今まさに”パラダイムシフトの瞬間”だということです。わくわくしますね。
(医学は全く完成した学問ではないので、こういうシフトはたまにおきます。私が医者になった後でも、創傷の消毒の概念とか術後栄養の概念とか大きく転換しました)
今わかっている範囲ですが、常在微生物について考えてみます。
なお、「菌がいっぱいいるなんて気持ちわるい」という感覚はもっともなのですが、大量の微生物が仲間として共生しているのは事実なので、ここは理解することで気持ち悪さを克服してほしいと思います。
常在微生物の役割~免疫以外も
常在微生物の数は、人ひとりに100兆個(1万種類)います。人の細胞が多くて60兆個とされるので、その倍近い数です。この中で「病原菌」と呼ばれるものはわずか100種程度です。ほとんどの微生物が仲間です。
ちなみに、常在微生物は英語ではmicrobiomeです。なので、マイクロバイオームと書かれていても同じことを意味します。
従来の医学では、人の身体は細胞活動で完結すると理解されていましたが、それよりはるかに多い数の微生物の活動を含めての、「生理活動系」とでもいうべきものが生体であると、考えられるようになりました。
微生物なしでは生理活動が行えないくらい重要ということです。
なぜそんな重要なものが今まで研究されていなかったかというと、単純で、微生物を特定する技術がなかったからです。
コロナウイルス騒動で、初期に中国の研究者から”新型コロナウイルスのゲノム配列”が公開され、それをもとにPCR検査やワクチンが開発されていますが、この”ゲノム配列”を特定する技術が新しい技術なのです。
ゲノム=遺伝子ですが、90年代~00年代にかけて、”人ゲノムプロジェクト”という人の遺伝子配列を特定するという運動がおこり、その過程でゲノム配列を特定する技術が大幅に伸びて、”早く安く誰でも”できるようになりました。
それで、常在微生物もどんなのがいるか調べてみよう、という疑問から調べてみたら、「びっくり!こんなにたくさんいた!」からの、「それぞれがどんな役割か研究してみる(いまここ)」という流れになっています。
100兆1万種もいるのだから、調べれば調べるほど新しいことが見つかるのです。
細菌がほとんどですが、細菌以外(ウイルスや真菌や古細菌や寄生虫など)も含めて大切なことがわかり、常在細菌→常在微生物と呼ばれるようになりました。
本題に戻ります。
常在微生物は、腸内や皮膚、口腔にいるのは有名ですが、目、鼻~気道、尿道、膣などにもいます。従来、無菌と考えられていた気管・気管支にもです。
つまり、人の身体を「ところどころくぼみ(穴)のある竹輪」と例えると、くぼみ(穴)の表面も竹輪の内側表面(口~腸)も、すべて微生物に覆われているということです。
これらの微生物が、善玉も日和見も悪玉もうまいバランスで、共存共栄しているのが私たちの身体です。
常在微生物たちの役割は以下のことなどが、わかっています。
- 粘膜・皮膚表面の保護
常在微生物は微生物膜をつくり、外界の病原菌やほこり、化学物質などが、直接皮膚や粘膜に触れないように守っています。
酸性物質などを作ることで、病原菌などを殺菌することもします。 - 表皮細胞への栄養補給
細胞が使う栄養が、微生物から賄われているケースがあります。 - 免疫細胞の教育
「この微生物は身体にくっついていても安全です」という情報を免疫細胞に教えることで共存しているのですが、その過程で「この物質は安全です」という情報を教える手助けもします。特に腸でこの機能は顕著で、腸で初めて出会った物質にはアレルギー反応は起きにくいという特徴があります。
また、常在微生物に接触することで、免疫細胞から免疫反応を抑制するサイトカインの分泌が促されます。
これらの機序で、”免疫寛容”がおこりアレルギー反応が予防できたり、免疫反応の暴走を抑え適切な免疫反応を遂行できたりします。 - 免疫反応の手助け
免疫のしくみを参照ください。
【腸で】 - 消化を助ける・善玉菌のえさを作る
微生物は人の消化液では消化できない物質を分解できるものがあります(オリゴ糖や食物繊維など)。分解されたものは、人の細胞が利用したり、善玉菌のえさになったりします。 - ”危険”情報を察知し、脳に伝達する
意外なようですが、危険を察知した時に一番早く反応する組織は”消化器”です。
消化器には、脳に匹敵する程の神経伝達網があり、すばやく脳へ情報を伝達できます。その上、他の知覚神経(嗅覚/においを除き)と違い、視床というコントロールセンターを通さずダイレクトに、危険察知中枢(扁桃体)へ情報を伝えます。
これの意味するところは、私たちの危険察知は、見たり聞いたりする以前に、腸(とにおい)で感じとっているということです。
嫌な予感がすることを「(お腹の)虫の知らせ」「きな臭い/何か匂う」や英語で「gut feeling(内臓の感覚)」などと表現するのは、偶然ではなく昔の人の優れた身体感覚なのです。
腸のどの機能がそれをしているのかはまだはっきりしませんが、腸内微生物が危険を察知し、腸の細胞に信号を伝えている可能性が高いとされています。
(マウスの実験では、腸内細菌の違いで”不安”と”大胆さ”に違いがでることが証明されています、また、無菌マウスはストレスレベルが高いことも分かっています)
【口腔で】 - 食べ物かすを食べる悪玉菌(虫歯や口臭の原因)を抑える
腸内でも同じですが、一般的に悪玉菌は「甘いもの(や糖質)」が大好きです。食べない時間をつくることで、唾液と善玉菌が虫歯や口臭を防いでくれます。のべつくまなく食べる(飲む)行為は悪玉菌天国となりやすいです。
【目で】 - 紫外線除去する
それでも強すぎる紫外線は防げませんが…
ちなみに、目から入る紫外線は、白内障のリスク要因でもあり、肌のメラニン産生のスイッチでもあります。
【皮膚で】 - 皮脂や汗を原料に皮膚の保護物質をつくる
皮膚表面をおおう油脂膜や弱酸性物質をつくることで、病原体の侵入を防ぎ天然の保湿剤として機能します。
以上、常在微生物の大切さを感じとれた(理解した)でしょうか。
菌たちは、敵ではなく味方です。
いまだに、たくさんの菌のイメージを気持ち悪く表現している「殺菌剤」などのCMを目にしますが、とんでもない誤解です。
(そもそも、不安をあおって物を買わせようとするCMは、私は嫌いです)
次項では、常在微生物のよろこぶ環境の具体的な作り方を見ていきます。
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