母乳 vs. 人工乳(ミルク):論争の歴史的背景と小児科側からの意見

子育て

「母乳とミルクはどっちがいいのか?」ネット上で論争が繰り広げられているのを、見たことのある人は多いかもしれません。現実でも、どちらかに対する押し付け圧が問題になったりもします。
ともすれば、派閥闘争のようになりお互いを罵倒している様をも見かけます。

本当に「どっちかが正しい」と、決着をつける必要のあることなのでしょうか?

これは意外かもわかりませんが、小児科医の間で、母乳かミルクかどっちがいいか(正しいか)などが話題にのぼることはあまりありません。この論争を引き起こしているのは、ほとんどがお母さん側の担当者(一部の産科医や助産師、母親本人やその周囲)なのです。

小児科医にとって一番大事なのは、赤ちゃんがちゃんと育つことと、お母さんのストレスが最小になることです。つまり、母乳でもミルクでもちゃんと育つならどっちでもいい、です。
対立軸で語ることそのものがおかしいのです。

母乳にもミルクにも、それぞれにメリットとデメリットがあります。
「良いか・悪いか」という信念は横に置いて、メリット最大、デメリット最小をめざして、適当に取り組んでみてほしいと思います

本稿では、なぜ論争になってしまうのか、歴史的経緯をもとに考えてみます。(用語:以下特別な説明のない限り「ミルク=育児用調製粉乳」のこととします)
(母乳とミルクのメリットとデメリットはこちら:母乳編ミルク編

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母乳育児とミルク育児の歴史

日本での母乳とミルクの歴史を見てみます。どういう経緯で、現在の対立構造が煽られたのかを知ると、派閥闘争をすることの無意味さがわかると思います。

粉ミルクの登場

粉ミルクが発売されるまで、もちろん授乳は母乳のみでした。(重湯などを使ったとも聞きますが、新生児に重湯は栄養的に論外です、貧しくてしかたがなかったということでしょう)
これは、母乳が足りないと子は栄養不足になるという残酷な事実で、もらい母乳や乳母といった共助システムで、赤ん坊の栄養失調を防いでいました。
それでも、乳児死亡率が高かったのはよく知られることで、十分ではなかったと思われます。

そこで、粉ミルクが登場しました。

1917年、東京の和光堂薬局(後の和光堂)が加糖全脂粉乳の「キノミール」を製造。これが日本最初の(育児用)粉ミルクとされる。以後、各社でさまざまな粉ミルクが製造・販売されており、現代まで続くブランドもある。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%B2%89%E3%83%9F%E3%83%AB%E3%82%AF

1917年というと、大正時代です。一般市民が簡単に買えたかはわかりませんが、日本でも100年程度の歴史があるということです。

戦争ののち昭和後半には一般的となり、『森永ヒ素ミルク事件(1955年)』などの不幸な犠牲も経て、品質が改良されてきました。
現在は厚生労働省の管轄する特別用途食品として管理され、品質、安全性ともに良好なものとなり、成分も母乳に近い組成になっています

最近は、液体ミルクも売られるようになり、利便性も上がっています。

第二次ベビーブーム~バブル頃

私は団塊ジュニア世代ですが、第2次ベビーブーム当時の育児事情を知る人(親世代)に聞くと、粉ミルクの方が栄養価が高いという言説があったそうです。母乳が十分出る人には必要なかったにしろ、ミルクを買って使うことの罪悪感はあまりなく、むしろ積極的にミルクを使っていたようです。

高度経済成長以降は、都市部での核家族も増えていたので、もらい母乳などは一般的ではなくなっていたと思います。少なくとも私の育った新興(当時)住宅地では聞いたことはありません。

そののち、バブル頃の記憶としては、ハリウッドセレブなどから、出産後のボディラインの崩れを防ぐため授乳は一切しない、というライフスタイルが発信されたりしていました。男女雇用機会均等法も施行され、キャリアを続けるためには母乳は早期に切り上げるのが意識が高くおしゃれ、という価値観がたしかにあったように思います。
日本人の一般人でそれをまねた人がいたかはわかりませんが、母乳よりミルクという価値観でも問題になってなかったことが伺えます

ミルクへの批判:WHO

転機が訪れたのは、WHOによる批判だと考えられます。
上記引用wikipediaにもありますが、1960~80年代、アフリカなど途上国の飢餓問題が世界の保健課題だったころ、あまり品質のよくない粉ミルクが途上国へ売られるという事態がありました。

フェアトレードの概念もなく、一部の人の懐だけがうるおい庶民は高値で売りつけられたことも問題かもしれませんが、ミルクの方が栄養価が高いからと善意で持ち込まれたものもあったと聞きます。

しかし、多くの途上国には調乳に使える清潔な水がありませんでした。また、日本国内で市販されていたものと比べ、牛乳に近い組成など品質の悪いものも多かったといいます

結果として、飢餓に苦しむ子供たちが病気になり、かえって命を落とすことになりました。清潔な水が手に入りにくい国(地域)では、母乳の方が安全性が高いのです。

WHOがミルクの危険性と母乳育児推進を発信するようになったのは、このような背景からです。
当然ですが、1980年代に日本でミルク使用が危険だった事実はありません。

母乳育児のブランド戦略

WHO/UNICEFから『母乳育児成功のための10か条』の共同声明がだされたのは、1989年のことです。約30年前です。

その後、WHO/UNICEFでは『赤ちゃんにやさしい病院』という母乳の10か条を推進する産科施設に、認定事業を始めました。UNICEF公式によると、2020.10月現在「134カ国15000の病院」が認定をうけているようです。

日本国内で言えば、産科施設にとって、このような認定を受けることはブランド戦略となるのは、想像に難くありません。1990年ごろはすでに出生率の低下が問題になっていました。
お産事業が自由診療扱いとなっていることも関係があると思います。

前章の通り、当時の日本ではミルク使用の危険性はなく、母乳育児を推進するインセンティブは子どもの保健側からは高くありませんでした。
ですが、世界第一号の認定を受けたのは、途上国ではなく日本の病院でした。そして現在、日本で認定を受けているのは大規模病院が多いようです。
(ちなみに、私の勤務先産科クリニックは認定を受けていません。個人のクリニックはブランド化よりも口コミの方が影響が大きいせいでしょうか。認定を受けるのに必要な費用はどのくらいなのか、興味がわきます)

かくして、大病院のブランド戦略によって、母乳=善、ミルク=悪という対立構図が生まれたように思います。どっちでも大丈夫なのに。
個人的には、赤ちゃんにやさしいという言い方も恣意的と思います。まるで、ミルクは赤ちゃんにやさしくないように聞こえます

くり返しますが、日本ではミルク授乳が特別に危険だという事実はありませんし、小児科側からみればどちらでもよい、です。
ここは、惑わされないようにしてほしいところです。

フォローアップミルクの登場

フォローアップミルクが登場したのは、小泉政権の規制緩和政策の一環としてでした。00年代です(正確な年次が発見できていません、すみません)。
当時、小児科医の間で「これ必要?」という話題になって、小児科の専門誌にも取り上げられてたことを覚えています。

育児用調製粉乳(育児用ミルク)は前述の通り、厚生労働省による規制で、品質、安全性が厳しく管理されています。つまり、新規の参入は難しく、値段も下げにくいということです。
この規制を緩和する抜け道によって登場したのが、フォローアップミルクです。

ミルクとの大きな違いは、「値段が安い」と「品質は母乳より牛乳に近い」点です。品質のデメリットを隠すため、ミルクには添加を認められていない成分などを添加して、よさそうに見せている、というのが特徴です。
当時の多くの小児科医の意見は、牛乳を飲むくらいならフォローアップミルクの方がよい、というものでした。育児用ミルクの代わりではなく、牛乳の代わりという位置づけです

発売当時の知名度が低かった頃、安くてよさそうなミルクとして、間違えて新生児に与え、牛乳アレルギーで入院というケースが実際にありました。牛乳に近いアレルゲン性をもっているので、適応月齢は間違えないようにしてください

よくある質問に「9か月になったらフォローアップに変えないといけませんか?」というものがありますが、無理にかえる必要はありません。
次々稿で、フォローアップミルクと新生児用ミルクの成分の違いも書いてみますので、値段やお子さんに必要な栄養等考えて、使い分けてみたらいいと思います。

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