母乳育児のメリットとデメリット

子育て

前稿からの続きで、具体的に母乳とミルクはどうなのか、小児科側からみた、メリット・デメリットをみてみます。
ミルク編は次稿で。

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母乳のメリット

母乳のメリット
  • 安い
  • 手間が少ない
  • 外出時に調乳場所をさがす必要がない
  • スキンシップの効果:愛着形成

  • 栄養面:免疫グロブリン、腸内細菌
  • お母さんが痩せやすい

生活面のメリット:費用と手間

一般的な母乳育児推進論者の意見とは違うかもしれませんが、私から見た母乳のメリットの最大のものは「費用」と「手間」です。これは逆に言うとミルクの最大のデメリットで、お金がかかることと調乳や消毒がめんどくさいことは、よく聞く負担感です。

調乳の手間がかからないため、お湯のでる授乳コーナーなどを探す必要がないのは、外出中はありがたいですね。

また、愛着や信頼感の形成に関連するホルモン:オキシトシンは、肌と肌の接触刺激で分泌が促進されます。
これは直母のメリットと言えますが、オキシトシンはそもそも出産時に大量に分泌され(子宮収縮作用)るし、赤ちゃんを触ったり抱っこしたりでも十分に分泌されるので、母乳栄養でなければ…というほどのものではないと思われます。

栄養面のメリット:免疫グロブリンと腸内細菌

母乳の栄養面でのメリットはよく喧伝されますが、ミルクの栄養組成は母乳に近くなっているため、実は子ども側からみるとそこまで大きな差はありません。

母乳には、分泌型免疫グロブリン(IgA)というたんぱく質が入っていて、腸の中で免疫機能を発揮するので、腸管感染症になりにくいというメリットはあります。

免疫グロブリンは「初乳」と言われる出産後数日~1週くらいに分泌される母乳に多く、その後減っていきます。
なのでこのメリットを享受するならば、産院に入院中から退院直後くらいまでの間に母乳育児を行うことが大切ですが、この時期は母乳分泌がまだ安定しにくい時期でもあります。
デメリットの項に書いたとおり、脱水と黄疸の悪化しやすい時期でもあるので、母乳にこだわって赤ちゃんが脱水になってしまうことのないように、十分気をつけてほしいところです。

また、この分泌型免疫グロブリンが飲めなかったとしても、さほどのデメリットはないと考えられます。
赤ちゃんは、胎盤移行型の免疫グロブリン(IgG)を妊娠中にお母さんからもらった状態で生まれてきますので、母乳が飲めないと免疫機能がゼロということにはなりません。

母乳で感染するタイプのウイルス疾患や、お母さんの投薬中や、赤ちゃんが入院するなどの事情で、初乳が与えられなくても、問題はほぼないと考えて大丈夫です。

現代日本で、赤ちゃんが重症の腸管感染症(コレラなど)にかかることはまれです。赤ちゃんの栄養状態と環境の清潔さの影響が大きいのです。
生活環境にコレラ菌などはいませんし、赤ちゃんの栄養状態をよくしておくことを第一に考えるならば、分泌型免疫グロブリンの優先度は高くないといえます。

分泌型免疫グロブリンは、あればいいけど、なくても大丈夫というものと理解してください。

おまけ:母乳で感染する可能性のあるウイルス

母乳で感染する可能性のあるウイルスには、成人T細胞白血病ウイルス(HTLV‐1)や、血液を介して感染するウイルス(HIVやHBVなど)があります。どれも、妊娠期のウイルス検査の項目に入っていますので、妊婦健診をうけていれば対策できます。

それぞれ、母子感染予防の方法が考えられていますが、感染を完全に防ぐことは難しいので、確率をどのくらい受け入れるか、という線引きがされます。感染実験を行うことはできないので感染確率などははっきりわからない中で、どのくらいのリスクを許容するかを、医師と赤ちゃんの両親で話し合って個別に決めているのが現実です。

HTLV-1は、以前は初乳は与えて途中からミルクに変更する方針が主流で、生後1週間まで、2週間まで、1か月まで、3か月までなどの選択の中から選んでいましたが、最近ではリスクはとらない方針=初めからミルクの選択も多くなってきたと聞きます。

HBV(B型肝炎ウイルス)は生直後の免疫グロブリンとワクチンによる感染予防の効果が高いので、母乳に関してはあまり気にする必要はなさそうですが、HIV(ヒト免疫不全ウイルス)同様に、出産時に赤ちゃんがお母さんの血液に触れにくい方法(帝王切開や生直後の沐浴)が行われたりもします。

HIVも母乳での感染はないのですが、直母で乳首が切れると血液に触れることになるので、搾乳をすすめられる場合もありますし、リスクはとらない方針=初めからミルクもありえます。
HIV感染は予防投薬の効果も上がってきているので、方針は今後変わってくるかもしれません。

いずれにしろ、方針はひとつではないので、医療側とよく相談し納得のいく出産、母乳のあげ方を選んでほしいと思います。その際、初めからミルクでも赤ちゃんの健康面のデメリットはほぼないことも、知っておいてください。

また、母乳中の菌が赤ちゃんの腸内細菌叢生成に役立つとされます(参考記事:常在微生物のよろこぶ環境づくり~免疫その⑥‐2)。
しかし、腸内細菌叢については、他の影響も大きいので、なければだめというほど重要ではないでしょう。

赤ちゃんが母乳から得るエネルギー源は乳脂肪です。お母さんが妊娠中に蓄えた体脂肪は、乳脂肪となって出ていくことになります。
これが痩せやすい理由ですが、同じ理由で乳腺脂肪もなくなってしまう(卒乳後乳房がぺったんこになる)話も聞きますので、良しあしかも知れません。
痩せようとするよりも、今後の子育てに向けてしっかり食べて体力をつける方をがんばってほしいと、私個人的には思います。

母乳のデメリット

母乳のデメリット
  • 出が悪い場合、赤ちゃんの栄養が不足する・脱水になる
  • 出がよすぎる場合、搾乳などの手間がかかる

  • 哺乳瓶に慣れていない場合、親や夫に預けることもできない
  • 授乳間隔が短い場合が多く、夜でも眠れない・寝にくい
  • 母乳を増やすための“訓練”の苦痛が大きいことがある

  • 赤ちゃんの湿疹が増える(私の勤務先産科での観察)
  • お母さんの食べているものの影響をダイレクトに受ける可能性が高い
  • おまけ:アレルギーに関して

脱水と黄疸の危険性

赤ちゃんの栄養不足・脱水のリスクについては言わずもがなかと思います。
特に陣痛初来前に出産した場合(予定帝王切開や早期産など)では、出産後早期の母乳の分泌がよくないことがあります。

赤ちゃんには、生理的体重減少といって、生後2日程度水抜けの時期があります。その時期は多少脱水ぎみになりますが、おしっこが出ないほど脱水にしてはいけません
黄疸は、生後3~4日で強まってきます。脱水になると、濃縮されて黄疸は強くなるので、適切な水分補給は必須です。
赤ちゃんによっては、血糖が下がりすぎることもあります。低血糖は脳の発達に直接影響するので避けなければならない合併症です(但し、新生児の正常の血糖は大人よりだいぶ低めです)。

今なら医療ネグレクトで保護されると思いますが、母乳育児にこだわるあまり、脱水や黄疸の治療を拒否し、核黄疸(新生児期の黄疸の後遺症)で重い知的障害と四肢麻痺になったという子を診たことがあります。
核黄疸は昭和の疾患かと思ってましたが、平成生まれのその方は親の意思で障害を負うことになった、悲しいケースでした。

新生児期の脱水を侮ってはいけません。産科では体重や尿回数や黄疸の数値を見ながら、ミルクが足されることがありますが、拒否したり、文句を言ったりするのは、赤ちゃんにやさしくないと思います。

生活面でのデメリット

生活面のデメリットとしてまず、母乳が少ない人からは贅沢な悩みと思われるかもしれませんが、出すぎて困るという話を時々聞きます。
張ってしまって痛い、パッドをあてても漏れる、赤ちゃんが飲み切らない時は搾乳しないとならない、など悩ましく手間がかかります。

次に授乳そのものの負担感です。
人の乳頭と哺乳瓶では乳の出かたや固さが違います。それで、直母に慣れた赤ちゃんによっては、哺乳瓶を受け付けなかったり、上手に飲めないという問題が生じます。これは、次のデメリットとも通じますが、常に、お母さんが授乳の対応をしなければならないので、負担が大きいと感じる人もいるでしょう。

一般的に母乳は自律哺乳といって、飲みたい時に飲みたいだけ与えるのが基本で、ミルクの時よりも授乳間隔が短くなる人が多いようです。これは、日中でもなかなかまとまった時間がとれない、家族などに預けるのも難しく、夜も同じ間隔の子の場合は不眠となります。

出産後の母親の体力回復にとって、不利な状況といえますし、お母さんの不眠や疲れからくる不機嫌が赤ちゃんにいい影響を及ぼすとは考えられません。

母乳を出すためのトレーニングの負担もばかになりません。
母乳外来に通い、毎日痛みをこらえてマッサージしたり、授乳前は(毎回⁉)入浴して温めるなど現実感のないアドバイスもあったりします。外野から責められて、疲弊しきっている人にもよく出会います。
頻回に吸ってもらった方が出がよくなるとしても、正直、そこまで頑張るより、赤ちゃんと一緒の時間を楽しむ方を優先してほしいと思います。

このあたりの負担感は人によるので、デメリットと感じない人もいるかもしれませんが…。

赤ちゃんの栄養面のデメリット:湿疹と貧血

私は勤務先産科で赤ちゃんの一か月健診を担当しています。年間500人近い赤ちゃんを診察しますが、そこで気づいたことがあります。

生後一か月ごろは乳児湿疹の好発期ですが、完母(母乳のみ育児)に近い方の方が湿疹が重い傾向があります。湿疹自体はどの子にも出ますが、ミルクの入ってる子の方が治りがよさそうなのです。
もちろん、入浴指導は入院中同じようにしているし、聞くと殆どの人はちゃんと洗えています。

一か月時の筋緊張もミルクの入ってる子の方が強めです。筋緊張は神経発達の指標で、その後の首のすわりなどの発達につながっていきます。
体重に関しては、母乳・ミルクどちらでもあまり差はなさそうです。(当院では、入院中と退院後の助産師外来で、体重の増えの少ない子にはミルクを足すように指導しています)

そこで考えられるのは、ミルクと母乳の栄養価の違いです(参考:ミルク育児のメリットとデメリット)。

ミルクには母乳で不足しがちな栄養素の添加があり、湿疹に関して言うと、「亜鉛」の添加があります。
亜鉛は欠乏すると慢性湿疹をおこしやすいミネラルで、全身の代謝に影響しますが、皮膚の状態をよく保つためには特に重要です。母乳に亜鉛が足りないことは、湿疹の治りにくさに影響すると考えられます

また、以前にも触れましたが、昨今の女性の栄養状態がそもそも良くないことの影響も考えられます。たんぱく質不足があると、組織の修復が遅くなるのです。

これは聞きたくない人もいるかもしれませんが、当院で診ている限り、一か月で完母で十分赤ちゃんが育っているかどうかは、お母さんのBMIや血液データよりも、年齢に依存している印象があります。
身体プロフィールや血液データが同じくらいの方でも、20代前半以下であれば赤ちゃんは丸々育っていることが殆どですが、30代になると赤ちゃんは体重不足になりやすいのです。

唯一例外的に38才の方で、十分赤ちゃんの育っていた方がいましたが、その方は妊娠後期のBUN(たんぱく質代謝の指標となるデータ)が20を超えていました。おそらく藤川式などを実践し、たんぱく質やその他の栄養を多くとって妊娠に臨んでいたのだと思われます。(7年間3000人くらい診ていますが、30代後半で完母でここまでの人は、この方ひとりです)

若いうちは、子ども時代に食べてきた蓄積がまだ十分あるけど、年とともに新陳代謝に使われ貧してくるということのように思われます。(参考記事:たんぱく質推しなわけ

亜鉛もたんぱく質もミルクには十分含まれています。
母乳栄養をしている(したい)お母さん方は、妊娠中も出産後も、たんぱく質を多く摂ることはもちろん、亜鉛の多い食材(牛肉や牡蠣など、またはサプリ利用も)を心がけた方がよさそうです。他の物(お菓子とか甘いものとか…)を食べる消化の余裕はないと思いますよ。

「鉄」は母乳に分泌が少ないことが有名なミネラルです。なのでミルクには添加されています。

鉄は血液(赤血球)の材料になるだけではなく、細胞のエネルギー代謝にかかわり、活発に発達する乳児期には特に大切なミネラルです。
生まれたての赤ちゃんは、妊娠中にたくさんの鉄をもらい多血状態(貧血の逆)で生まれてくるので、生直後には鉄欠乏の心配はありません。

しかし、完母を続けると、生後半年頃には体内の鉄の蓄えがなくなります
離乳食が始まるころには、積極的に鉄分の補給をしなければならないということです。
WHOや諸外国では鉄の多い食材(肉、レバー)を離乳初期から与えるように指導していたりします。

残念ながら日本では「鉄は足りている神話(参考:野菜の栄養~ひじきショック事案)」があるため、鉄分補給の指導は十分ではありません。1歳前後の子には貧血が非常に多いことからも分かります。
これは、医療側の問題でもあるのですが…。

完母では特に知っておいてほしいことです。

アレルギーについての最近の知見

おまけですが、乳幼児に多いアレルギー疾患について、発症予防のための新しい知見があります。

免疫には「寛容」といってアレルギーを起こさないようにする機序がありますが、寛容は腸で初めて出会った物質では得られやすく、皮膚で出会うと得られにくいと分かりました。
つまり、予防のためには、皮膚から感作する前に腸から摂取する経験が大事、ということです。

卵アレルギーの家族歴のある赤ちゃんなどへの卵の摂取時期は、以前はできるだけ遅い方がいいとされていましたが、今では少量づつ離乳初期から与えた方がよいと変わりました。
それと同じことが牛乳アレルギーでも言え、生後早い段階から少量でもいいのでミルクを飲んでいる子の方が牛乳に感作されにくいらしい、という研究もでてきています。

粉ミルクが牛乳アレルギー防ぐ 母乳と併用OK 沖縄で世界初の効果 | 沖縄タイムス+プラス
 生後1カ月から少量の粉ミルクを定期的に摂取することで、牛乳アレルギーの発症を予防できる可能性があることが、県内4病院で生まれた約500人の乳児を対象にした共同研究で明らかになった。

皮膚から感作する前に腸から、という理屈なので、当然乳児湿疹は早く治した方がリスクが下がります
その点でも、亜鉛などの栄養不足の可能性があると不利になりそうです。

アレルギー予防について

アレルギーを予防する卵の与え方など、乳幼児のアレルギーに関する情報は、アレルギー専門の小児科医にかかって相談しておくことをおすすめします。
いざ離乳と言うときに慌てないように、少し早めに相談に行っておきましょう。
アレルギー専門の内科医や耳鼻科医では、離乳食についての知識はないかもしれません。アレルギー専門の小児科医を受診してください。

次稿:ミルク編

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