前稿では、好き嫌いの“成長・発達にともなって変化するもの;年齢、生理機能の要素”を考えましたが、今稿では“快・不快の記憶によるもの;遺伝的に脳に組みこまれたもの、生まれてからの体験による記憶”について考えます。
前半は、快・不快を感知する脳の機能と快・不快記憶による好き嫌いの考察、後半は、それらを踏まえた好き嫌いをさせないための工夫について考えます。
快・不快の判定は本能に近い機能
前稿で嗅覚は他の感覚と違い、中枢神経系の一部で、多彩なにおい物質を瞬時に感知してすばやく脳で認知していることは説明しました。
嗅覚だけは特別とはどういう意味なのでしょう?
危機察知の感覚(第6感?):嗅覚と内臓感覚
嗅覚の脳(嗅神経)があるのは、大脳辺縁系の近傍です。
嗅神経は視床を通らずに扁桃体へ直接入力する神経です。
嗅覚以外の五感(視覚や聴覚)が、脳に達して感覚の中枢“視床”で統合されてから扁桃体や大脳皮質で知覚されるのと対照的です。
嗅覚は「それが何か」の理解よりも、「危険か否か」の判断を優先した感覚、ということです。
これが、嗅覚が危機察知にたけた感覚である所以です。
そして嗅覚以外にも、直接扁桃体に入力される感覚として、内臓感覚があります。
これは内臓の動き、反射などに関連する感覚なのですが、最近では腸内微生物からの信号を受けとっている可能性も言われていて、嗅覚と合わせて“第6感”の有力候補です。
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嗅覚と内臓感覚が危機察知にすぐれてる(第6感的)というのは、慣用表現からもわかります。
「何か危険な・嫌な感じがする」「(危険等を)感じ取る」という表現には、嗅覚と内臓感覚が使われたものが多くあります。
私たちの先祖がこれらの感覚をつかってサバイバルしてきた証拠とも言えると思います。
好きなものを手に入れる機能:報酬系
もうひとつ、大脳辺縁系の行動として「必要なもの=快刺激を手に入れる」行動もあります。
「好き/嫌い」とは、この大脳辺縁系の判断する「快/不快」の感覚を大脳皮質(意識)で認知した言葉といえます。
大脳辺縁系からの指令は“思考”より優先されますので、「快/不快」の感覚は理性で抑えることはとても難しいです。「嫌い」を避けることをやめられないのと同じく、「好き」を我慢することもまた難しいことは、皆さん経験がありますね。
(ただし、そう感じることと、そう感じたことを他人に向けて表現することは同じではありません。大人であれば、感じることは我慢が難しくても、行動することは制御できます)
食べ物の好き嫌いに嗅覚(におい)が重要なのは、この大脳辺縁系による生存のためのメカニズムに直結していることによるのです。
理性の役目:前頭前野
大脳辺縁系の機能を“制御”する役目は、大脳皮質のうち「前頭前野(前頭葉)」にあるとされます。
すばやく無意識に生きのびるための行動をとった後(とりながら)、その行動が適切かを判定し、場合によっては大脳辺縁系機能を抑制する機能で、「理性による本能行動のコントロール」の役割です。
「“危険!”と思ったけど大丈夫だった」とか「“欲しい!”と思ったけど場面に応じて我慢した」というような理性を働かせることができます。
大脳辺縁系機能は強烈なので「危険・欲しい」と感じることは止められませんが、前頭前野の発達に応じて「逃げる/戦う・奪う」行動を抑えることはできるということです。
情動の記憶:子ども時代ほど強烈
扁桃体と海馬が協同する情動(感情)の記憶には、その情動を体験した“状況”が一緒に記憶されます。感情単独ではなく、その時に体験したことが一緒に記憶されるということです。
これはいわゆる「条件付け(条件反射)」やトラウマ記憶に関連するメカニズムです。
そして情動の中で最も原始的なもの(赤ちゃん時から感じるもの)が「快・不快」です。自分にとって安全・必要なものを「快」、自分にとって危険・不必要なものを「不快」と感じます。
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ここまでを踏まえて、前稿に紹介した私のグリーンピースエピソードを振り返ってみます。
私は保育園の給食でグリーンピースを噛んで“吐きそうになり”ました。
= あるにおいを扁桃体が「危険!身体に悪い!」と判断し、「吐くように」胃腸(自律神経)に指令を出しました。私の海馬には強烈な不快感とともにグリーンピースの味やにおいが刻み込まれました。
高校生の時、おいしいグリーンピースポタージュを食べました。が…
=おいしいと理解はできましたが、嫌いなのは変わりませんでした。
何か嫌な体験や怖い体験をしたとき、特にそれが理性のまだ不十分な子ども時代であればなおさら、一生それが嫌い・恐怖の対象となることは、よくあります。
扁桃体が「不快・危険」なものを重要課題として記憶する際、理性が働かないと抑制が効かず、より強烈な不快感として記憶されると考えられます。
大人になって理性的に思考できるようになったとしても、扁桃体機能は大脳皮質より優先されるので、情動記憶を改変することは容易ではありません。
また、恐怖や不快感が強烈であるほど、記憶は意識に登りにくくなるので、余計理性による扱いが難しくなります。
子どもに子どもが理解できない不快体験をさせないように気をつけたいです。
このあたりは、虐待にともなうトラウマ記憶として、研究されている分野です。
好き嫌いをさせないための工夫
グリーンピースはまずいのか?
さて、グリーンピース好きもいる中で、なぜ私は吐き気をもよおしたのでしょう?
双子研究で明らかになったように、好き嫌いは“遺伝”の影響をうけます。これは、親から子に遺伝するという意味よりは、生まれつき嗜好は決まっている、という意味です。
なので、私がグリーンピース嫌いの体質を持って生まれただけとも言えますが、それだけではなかったことが後に分かりました。
十数年前になりますが、NHKの『ためしてガッテン』で、グリーンピースが特集されました。(昔すぎてリンクが発見できませんでした)
タイトルがまさに「なぜまずいのか?を検証」というような内容で、わが意を得たりと思って観ていたのですが、意外な分析が紹介されました。
グリーンピースは、冷凍すると香り成分が変質して臭くなる
そして、油で炒めると臭い成分が元に戻る
たしかに、私が食べたものは冷凍のミックスベジタブルでした。そして実は、さやえんどうやスナップエンドウはこどもの頃から普通に食べられるのですが、それらは冷凍ではありませんでした。
私が嫌いなのは、グリーンピースではなく、冷凍して臭くなったグリーンピースだったのです。
子どもに偽物を食べさせない方がよい
笑い話のようですが、私と真逆で、夫は好きな食べ物に「豆ごはん」と答えるほどのグリーンピース好きです。
聞くと、実家の庭でえんどう豆を栽培していて、毎年採れたての豆で豆ごはんを作っていたそうです。実家を出てからも、わざわざミックスベジタブルを買いバターで炒めて食べるくらい好きで、「グリーンピースおいしいのに…」と言います。
夫にとっては、グリーンピースは冷凍ではなく(つまり臭くない)「おいしい・快」体験として記憶されているのです。
もしかしたら私も、採れたてを食べられる環境だったら好きになっていたかもしれません。
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前稿に書いたとおり、身体にとって危険(かもしれない)味やにおいは、子どもの方が敏感で、ある程度の年齢になると平気になっていきます。身体に悪いものを食べると小さい子ほど危険なため、身体がそのようにできているからです。
大人にとっては、変わりなく思えるものでも、子どもが「違う、嫌」ということは、なにか微細な違いを感じ取っているということです。
その微細な違いとは何か?
おそらく、食材の材質(鮮度)や加工の仕方なのだと思います。
ある種の野菜は鮮度がおちると苦味が増します。他の食品でも鮮度で味が落ちるものは多いです。
また、冷凍グリーンピースのように、加工したために普通の環境には存在しない物質(味・におい成分)ができあがる可能性もあると思います。
また、加工食品は添加物で味をごまかしているものも多いですし、脂質が劣化しやすい(劣化した脂質は臭くなります)です。
子どもには、できるだけ加工度のひくい食品を食べさせた方が、好き嫌いの予防にはなると思います。加工度は、裏の原材料表示を見るとある程度推測できます。原材料がスーパーなどで簡単に手に入るもののみであれば、加工度は高くないと思います。
冷凍は仕方ないかと思いますが…。
私の感覚ではグリーンピースだけじゃなく枝豆でも、冷凍すると臭い成分ができているようです。油で炒めることで、元に戻るようなので、冷凍した緑の豆を使う際は気にしてみて下さい。
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“快刺激”でも同様のことが言えます。
前稿で、子ども時代(離乳~幼児期)によく食べたものを好きになりやすい、“甘味”や“塩分”をたくさんとると、大人になってもその味が好きになりやすい、と書きました。
これは、“快刺激”の学習によるもので、身体に必要なものをくり返し欲しくなる生存可能性を高めるための戦略です。
しかしこれは言葉を変えると、「子どもの脳は依存形成しやすい」ということです(糖分・糖質、人工甘味料、塩分、食品添加物など、ちなみにゲームなど他の依存刺激も同様です)。
本人が大人になってから、健康に気をつけたくても、依存になっていてはやめる苦痛が大きくなります。子どもの将来を思うなら、特に味を覚える離乳~幼児期は、塩分・糖分は薄めがいいでしょう。
ご飯のおかずとして味付けがされている日本の総菜は、ほとんどが塩分濃度が濃すぎです。砂糖を使った味付けも多いです。
また、ほとんどの加工食品には、“甘味成分”が添加されています(低脂肪加工されたものは脂質のうま味が足りないのでその典型です)。これは“甘味”が人の本能的に“快”となる味だから、おいしく感じさせるための裏技です。知らず知らずに糖分摂取量が多くなるのも、加工食品の特徴と言えます。
そして、子どもは甘いものが大好きです。喜んで食べるのがかわいいとか、黙らせるために食べさせる、などすると、簡単に過量になっていきます。食事(栄養をとる)以外の目的で甘いものを使うのもおすすめできません。
生の果物(最近は品種改良で甘すぎるものもありますが)や加熱した根菜など、甘味を感じる食材はあります。塩分、砂糖、甘味料の使用には気を使って欲しいです。
野菜は最小限でOK
好き嫌いの代表格“野菜”ですが、私は子どもの食事での野菜の優先度は低い、と考えています。
詳細は下記過去記事にゆずりますが、子どもの食事については、野菜は「味を覚える」程度で十分と思います。
子どもが積極的にとってほしい栄養は、動物性たんぱく質(と脂質)です。食物繊維は野菜以外からもとれますし、フィトケミカルなどの抗酸化成分は子どもより大人こそ必要です。
好きな野菜はもちろん食べてもらってよいのですが、好きでないものを無理強いすることで食卓の雰囲気が悪くなっている家庭がめだちます(次章参照)。
好きな味付けの動物性たんぱく質と好きな野菜を中心にして、あとは味を覚える程度くらいの方が、楽しい雰囲気を損なわないのではないでしょうか?
子どもは親の所属する文化が共有する態度を、成長とともに身につけ大人になっていきます。
親は、「野菜は大事だ」という価値観を教え、自ら野菜をすすんで食べる姿を見せていれば大丈夫です。
食べるときの雰囲気も重要
子どもには苦手な味・においが多くあります。
それと、情動を伴う記憶は扁桃体に刻み込まれ、のちに理性が発達しても記憶の改変は容易でななくなります。
この2点をあわせて考えると、こうなります。
たまたま苦手な味・においに出会った時、不快な状況にいるとその味・においを「ものすごく不快なもの」として扁桃体に刻む可能性が高くなり、快適な状況にいれば「そこまで悪い印象ではない」と記憶することになります。
前稿で紹介した、“学習によっておいしいと感じる味”は、快適な環境で仲間と一緒に食べる体験を幼少期からくり返すことによって学習すると言えます。
離乳期~幼児期はさまざまな味、食感にトライする時期で、この時期に食べたことの全くないものは嫌いになりやすいことが知られます。嫌がってもちょっとだけは頑張ってもらう方がいいので、そのためにも快適な心地よい食事環境が大事になります。
つまり、いい気分で食事をしているか、悪い気分で食事をしているかで、将来の好き嫌いに影響が出る可能性がある、ということです。
(ただし、好き嫌いの多い人は子ども時代の食卓の雰囲気が悪かった、という意味ではありません。くり返しますが、好き嫌いは遺伝子に規定された個人差の大きいものなのです。)
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なので子どもの食卓は、できるだけ子どもがいい気分で過ごせる環境を用意することを心がけてほしいです。「食べなさい!」と叱ることは逆効果となりうることを理解してください。
難しくはありません。
基本的に、人にとって食事は楽しい経験です。楽しめない雰囲気にならないように気をつけるだけで大丈夫です。
具体的には、嫌いなものを無理強いしない、食事マナーを厳しくしすぎない、食事を罰に利用しない、できれば親や家族と一緒に楽しく食べる、食卓で愚痴や悪口を言わない…などができると思います。
好き嫌いのまとめ
前稿と今稿のまとめです。
好き嫌いはわがままではありません。生物学的に起こりうる生理現象だということを理解して、親子の食事ストレスが大きくならないようにうまく扱って欲しいと思います。
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