心と身体

心身の不調に対して、心にアプローチするのは各種心理療法や自己啓発、瞑想などがあり、体にアプローチするのは現代医療の多くや身体の鍛錬、各種修行などとなります。

それぞれが独立してうまくいく場合もありますが、うまくいかない場合は心と身体の両方へ働きかけることが必要になったりします。

現代医療でも、一般的には身体へのアプローチを行いますが(精神医療でも薬物療法中心の治療は身体へのアプローチと言えます)、それでうまくいかない疾患の場合、例えば心身症と分類されるような疾患に対しては、心理療法など心へのアプローチも採用されることがあります。

もっと言うと、「診察室で医師と会う」という体験がそもそも心理療法的に機能していて、多くの精神科医は薬物療法を行いながらこの心理療法的な効果を意識していたりしますが、多くの身体科の医師はこの効果を意識していないようです。

同じ標準医療を行っているはずなのに、医師によって効果の差がでることは現場でよく経験しますが(これは意識しないと認識しづらい不都合な真実かもしれません)、これは心身両面へのアプローチができるかできないか(無意識的にできている人もいます)の差かもしれないと、私は考えています。

こういうと、心が身体を支配しているとか、心の治療ですべてがよくなる、という極論が出てきて、現代医療の総否定と瞑想や修行的方法への礼賛が聞かれますが、私は心と体はどちらが上位か、ということではなく、両方が共同して働くことが健康なのだと考えています。

なので健康のためには、身体のメンテと心のメンテは両方重要だということです。

現代医療が批判されるのは、身体のメンテとしての栄養や予防的観点の方法論や、心のメンテの方法論の両方を欠いているからなのかもしれません。医師個人が無意識的に、またはどこかで学んで診療に取りいれている場合はありますが…

さて、ここで心とは何かを考えてみます。

精神医療を学んでいたとき、指導医から「脳」と「心」は違う、「気分」と「情動」も違うから、自分で考えてみるように、と言われたことを思い出します。

薬物療法は、「脳」に作用するものであって「心」には作用できない、「気分」を変化させることはできても「情動」に影響できない、ということです。気分障害と分類されるうつ病に薬が効きますと宣伝される根拠となる考え方です。また、うつ病でもそうでなくても情動体験は誰にでもある、悲しいときは悲しいし、うれしいときはうれしいのです。

これはある種リーズナブルな考え方かもしれませんが、本当に脳と心は別物なのか疑問がわきます。「気分」の状態によって「情動体験」のありようが違うのは誰しも経験することだし、「脳機能」の変化で「心」が変わるとしか思えないことも、様々な脳疾患を患う方の家族なら経験してるのではないでしょうか。

私は今では、心は脳(身体)機能の一部ではないか、と考えています。脳における神経活動が、私たちに心という風景を見せている、という感じです。

実際、大脳生理学(脳科学)の分野では、情緒は身体全体の生理活動であることが言われています。

恐怖や不安といった情緒は、動物としての人間が生存するために一番発達させてきた情動ですが、これらは視覚や聴覚といった感覚器官を通じて大脳皮質に送られた刺激ではなく、胃や腸などの消化器官にあるセンサーから自律神経を通じて大脳辺縁系に直接送られる刺激によって体験されることが言われています。

大脳皮質を通じて考えて判断するという過程を経ずに、よりすばやく、消化器から登ってきたもやっとしたものが、恐怖や不安の情動という名の生理反応を惹起するということです。

英語の「gut(内臓) feeling」はまさにこれですし、日本語でも「腹の虫がおさまらない」とか「胃が痛む」など情動と消化器がむすびついた慣用句は多くあります。これらのメカニズムが証明されつつあるのは、面白いことと思います。胃腸については腸内細菌との共同作用の範囲が想像より大きいことも判明しつつあり、研究が進むことのわくわく感がありますね。

話を「心」に戻します。

私が心は脳(身体)機能の一部であると確信するに至ったのは、精神科医藤川徳美先生の影響があります。藤川先生は薬物処方中心の精神科医だったのですが、患者さんの栄養不足、初期にはたんぱく質不足と鉄分不足に注目しその是正をはかったところ、多くの患者さんの症状の改善、投薬量の激減を経験し、そのことを著書や公式ブログで発信されています。

そのメカニズムとして、脳にある千億以上ともいう数の神経細胞は、神経伝達物質をやりとりすることでお互いに連携して機能していますが、神経伝達物質の材料はアミノ酸(たんぱく質が分解されたもの)が多く、細胞としての神経細胞はATPという名のエネルギーを必要としていますが、細胞がエネルギーを作り出すためには酸素と鉄分が必須である、というところから脳細胞がたんぱく質不足鉄分不足に陥れば、脳細胞の連携がうまくとれず精神症状を生じてくるということになります。

この因果関係は科学的に証明することは困難なため、エビデンスレベルが低く、多くのエビデンス教の医師には受け入れがたいものであるようですが…。たんぱく質や鉄分といった人の身体の必須栄養素の不足を補うということに、エビデンスの裏付けがそこまで重要とは思えません。ケースが万単位で集まってくれば、少なくとも薬物治療との治療効果の比較でコホートスタディが出てくるとは思います。その時、薬物療法のみを堂々と行っている医師への目は厳しいものになるかもしれないですね。

いずれにしろ、藤川先生の豊富な臨床経験や、その情報をもとに自分で不調を改善してしまった人の体験談は、ネット上にたくさんあります。今だと、著書のレビュー欄にもたくさん体験が載っています。脳細胞の栄養不足が心の問題に結びつくというのは、間違いがなさそうです。

心は脳が作り出す、そして脳科学の知見からわかるように脳と身体は共同して働いている、つまり、心と脳と身体は一体の概念であるらしいし、すべてを拡張して身体の作用と言い変えてもよさそうです。

では、身体を規定するものは何か…。

科学的には二通り、生物学での遺伝子(配列とエピジェネティクス)と、物理学でいう意識があると思います。

次項、意識について考えてみます。

私の健康アドバイスのスタンス

急性疾患、急性増悪、怪我、手術(急ぐ必要のあるものは特に)などは、現代医療が得意とする分野です。
基本として、適切に現代医療を受けていただきつつ、現代医療の苦手分野を補っていくことを目標にしています。

具体的には、栄養をしっかりとることを基本に、対人関係(親子関係がその基本になっていることが多い)や心理的反応や生理反応のくせの是正をめざします。
心理的反応や生理反応も、栄養が足りていない場合には、足りないなりの反応しかできず、それが本人の不快感につながるので、両者はどちらも重要です。

栄養を摂ることで身体の土台をつくった上で(生理反応や心理反応の土台でもあります)、対人関係のあり方は本人の意識できる部分、生理反応や心理反応のくせは本人の意識しにくい部分の両方にアプローチします。

本人の意識できない部分、私はここに、ボディートークを採用しています。

ボディートーク!いきなり怪しいものが来たと思うなかれ。いや、怪しいので病院では行うことができないのですが、実に効果が上がります。

ボディートークを一言でいうと「意識にアプローチするセラピー」(ここで言う「意識」は、心理学的な意識ではなく、物理学的な概念の意識です)、スピリチュアルぽいですが少し違います。

栄養で「身体」に、ボディートークで「意識」に、人という存在の物質面と非物質面の両方から変化を促すことで、より根本から効率よく健康を手に入れられると考えています。